篠塚和典天才的な流し打ちは、イチロークラスの超逸品。守備も抜群

銚子商業時代甲子園に2度出場を果た優勝を経験している天才バッター篠塚和典。
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ドラフトでも上位指名が確実視されていましたが、湿性肋膜炎を患い、野球生活が危ぶまれたた事から、他の球団は篠塚を指名しなかった。当時監督だった長嶋がどうしても篠塚を取りたいと言う事から1975年のドラフト1位を単独で獲得。

湿性肋膜炎は悪化する事なく徐々に良くなりプレーに支障をきたさないまで回復。篠塚が1軍のレギュラーに定着したのは1980年。そこから、篠塚の天才的かつ芸術的な打撃で、相手投手から嫌がられる存在となる。基本的に篠塚はセンター返しが中心で外角の難しい球には天才的なバットコントロールで、レフト前に流し打ちをする打率が非常に高い打者でした。

首位打者にも2回輝き。首位打者を取ったときよりも高い357の年もありましたが、1厘差で阪神の藤田に競り負けました。篠塚はセカンドの名手で難しい打球も綺麗に捌き、非常にエラーの少ない選手でした。また現在各球場のポールの色が黄色になったのも篠塚のあの1件です。篠塚は1990年の開幕戦で2点ビハインドで迎えた8回裏に、ランナーを一人おいて打席に立ちます。

ヤクルトの開幕投手、内藤からライトポール際に強烈な打球を放ちました。判定はホームラン。内藤は愕然と跪きヤクルト首脳陣の猛抗議もあって試合は中断。あの打球は何度見てもファールです。完璧なファールと言っても過言ではない打球です。この件を機に翌年から各球場のポールは白から黄色に変わりました。

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