デーブの愛称で親しまれた大久保博元。巨人にきて素質開花

ドラフト1位で西武に指名され、大きな期待をかけられ西武に入団。しかし、そこには厳しい現実が待っていました。当時西武には伊東勤と言う正捕手がおり大久保の出番はもっぱら代打での出場のみで出場機会は非常に限られていました。
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広岡監督時代には、厳しい言葉で【相撲取りの体質だ。もっと痩せろ】と厳しい言葉をかけられます。また森監督時代は、キャッチャーとしての基礎は教わったもののそれ以外の会話はなく、出場機会が更にへります。西武時代は非常に厳しく育てられ、中途半端な打撃で凡打に倒れると、当時の土井コーチに練習場に強制連行され真夜中の12時まで打撃練習を行わされる等、荒波に揉まれました。

大久保の出場機会を増やして挙げたかった、実質的にGM的存在だった根本陸夫が巨人とのトレードを提案し、首脳陣も合意。そして巨人に移籍すると藤田監督が【体重は気にしなくていいぞ、うちには大きい選手もいるから。その量で足りるのか?と言われ藤田監督は大久保に特大ステーキ2枚を振る舞いました。これに感激した大久保は涙を流しながら完食しました。

そして大久保は期待され正捕手として起用され、ホームランを量産、大久保がホームランを打つと負けない大久保神話が出来、戦半戦終了後、藤田監督はその活躍に対して球団に進言。大久保は特別ボーナスとして異例の2000万円を球団から支給されます。後半戦はばて僅か1ホーマーに終ります。またこの年はホームランを15本放ちます。翌年も10本のホームランを放ちますが年々成績が下降し、足の故障もあり28歳の若さで現役を引退しました。

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