日米7球団を渡り歩いた木田優夫の原点は巨人。1990年には12勝

最速156キロをマークした本格派剛腕右腕木田優夫。ストレートの威力は素晴らしく、捕手がしっかりと捕球しないと痛い程球の重さも兼ね備えていました。
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引退するまで日米7球団を渡り歩き、様々な経験を積んできました。しかし、その原点は巨人時代に下地作りから始めたのが原点です。巨人の厳しい練習に耐え故障のしにくい体を作ってきました。その成果がでたのが1990年のシーズンでした。この年は木田に取って唯一の2桁勝利(12勝)と最多奪三振を記録。

しかし、その後は伸び悩み、先発や中継ぎ、抑え等様々なポジションを経験します。その為、木田に関してのトレードの話は頻繁に報道されており、その都度木田はマスコミのターゲットになっていました。そして遂にオリックスにトレードで放出されます。やはり巨人軍の一員になった以上は生涯生活を、巨人で全うしたいのが本音でしょう。

しかし、プロ野球の世界にトレードは付き物。木田は他の選手には持っていないスピードボールを持っています。156キロは投げたくてもそう簡単に投げられる球速ではありません。このスピードボールを活かしきれなかったのは、やはりコントロールの悪さに尽きます。投手の生命線はスピードボールではなくコントロールです。

どんなに速い球を投げてもベースの上を通過しない限りボールです。少しでもかすめればストライク。この僅かな制球力を持つ事で、1軍で長年活躍出来るかどうかが決まると言っても過言ではないでしょう。

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