本当の姿を見たかった。怪我に泣かされた無冠の帝王、清原和博

巨人軍の一員になりたい、プロ志望者は多いです。その為菅野智之、長野久義のように他球団から指名されても、絶対にいかない選手もいます。そして巨人軍入団を夢見て、甲子園のスパースター清原和博もその一人。
キャプチャ131
巨人はドラフト当日。裏ワザを使った。早稲田大学進学を表明していた、桑田真澄を単独1位指名に成功。清原は西武が交渉権を獲得、清原は泣く泣く西武に入団しました。清原は1年目から30本を超すアーチを放ち、その存在感は高卒のルーキーとはとっても思えない程でしした。

その後も清原は打ち続けますが、タイトルにはあと1歩の所で届かない歯痒い時代が続きます。そしてマスコミが付けたのが【無冠の帝王】その清原に転機が訪れたのが1996年オフ。FA宣言を行使。巨人と阪神が名乗りをあげ激しい争奪戦の上、巨人入りが決まります。巨人にきてからも4番を務めましたが、西武時代はそんなに怪我をしなかったのに、巨人へ来ると毎年故障の連発。本来の姿が見れた年はありませんでした。

怪我をしないで西武時代のような活躍をすればどれだけの成績を残せたのか?物凄く気になります。清原は巨人では元木と仲が良く試合前の練習をよく2人でさぼっていました。この辺りも怪我連発の要因だと考えられます。基礎練習は非常に重要です。まして清原みたいな筋肉質の体には、試合前に練習で解す必要があります。清原が巨人で見せた成績は本来の成績ではありません。怪我をしない清原の活躍を見たかったです。

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