メジャー通算579試合の本格右腕ダン・ミセリ 巨人では開幕1ヶ月と持たず解雇!

メジャー通算579試合に登板した実力を引っさげて2005年に来日したダン・ミセリ。しかし、別人が来日したほどの惨憺たる結果となり、巨人最速の解雇となりました。

巨人成績:4試合、0勝2敗、防御率23.63

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父親がイタリア人、母親がウルグアイ人で4人兄弟の末っ子。エンジニアの父の仕事のため幼少期は世界各国に住み渡ったことで4ヶ国語(英語、スペイン、ポルトガル、イタリア)を話すことができる。12歳ごろにアメリカに落ち着いたことで野球を始める。

1990年20歳でロイヤルズと契約。1993年にはパイレーツでメジャーに昇格する。1998年には10勝5敗の成績を残しワールドシリーズ進出に大きく貢献した。

日本に来日する前年の2004年ではアストロズで74試合に登板しポストシーズンへ進出。しかし、プレーオフでは5試合登板し2本のサヨナラ本塁打など3試合で敗戦投手となった。

来日前のメジャー12年間では9球団を渡り歩き、2003年のシーズンでは4球団で登板するメジャー記録も持っている。

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2004年終了後に巨人と契約。同契約のゲーブ・キャプラーからの推薦や当時の監督堀内恒夫もビデオを見て獲得を希望した。この時期の巨人軍は絶対的クローザー不在だったこともあり、メジャーでの実績からも救世主としての期待が大きかった。

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ミセリ本人も「50セーブを目指したい」と意気込むが、宮崎キャンプでは首脳陣からの不安が日に日に増え始める。

 

セットポジションからの投球に不安があり、オープン戦ではボークし失点。8試合に登板し0勝1敗防御率5.63という成績であった。

 

開幕戦で1点リードの9回表で早くも初登板となる。巨人ファンからの大歓声を受けるが本塁打を含む3失点でファンの期待を裏切る結果となった。

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4日後には名誉挽回の場面をお膳立てしてもらい、12回裏の同点の場面で登板。しかし、サヨナラ安打を浴びまたも救援失敗となり敗戦投手となる。

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その後、首脳陣から2軍で再調整を本人に促すが契約条項もあり本人も拒否。中継ぎで調整をすることが決まるが、4月10日の中日戦での敗戦処理扱いが最後の登板となった。

4月17日に首脳陣との話し合い後、4月19日に開幕1ヶ月と経たない巨人球団史上最速の解雇となった。

 

4月19日の解雇当日に東京ドームに現れた後、家族と浅草観光に行き、その後も1週間ほど日本に滞在し帰国していった。年俸は170万ドル(当時1ドル≒110円)であり来日前年の年俸の3倍という破格の金額であったが、2月~4月までの3か月分の支払いとなり、巨人は満額支払いを免れた。

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アメリカ帰国直後は一定の活躍をみせたが2007年に引退。2009年に4月に再復帰するが5月に退団となった。

 

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