巨人を3年でクビになった村田透もメジャーでは今年で6年目となりさらなる活躍が期待されます!

2007年のドラフト会議で1位指名だった。村田透投手。大阪体育大学から巨人軍へのドラフト1位指名は上原浩治投手に続き2人目。1軍でに活躍を期待されていましたが、3年目終了時に戦力外をうけました。巨人時代のニックネームはポニョ

背番号:36-46

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大阪府出身で高校は大阪体育大学浪商高校。1年秋からエースとして活躍し選抜甲子園に出場して勝利しています。その後、大阪体育大学に進学し、主に抑えとして活躍。3年時には全日本大学選手権大会で優勝、MVPを獲得しています。

 

2007年に右足首の靭帯を切断・手術するが、前年の活躍もあり11月のドラフト会議で外れ1位として巨人軍に指名され入団しました。

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大学の先輩である上原浩治も成し得なかった大学日本一。入団当時は”上原二世”の呼び声も高く、活躍に期待がかかりました。

 

 

しかし、1軍登板はなく、3年目終了時に戦力外通告を受けました。

 

やはり、入団前に怪我によるリハビリ期間があったことが、プロとしていいスタートを切ることができなかったことが後々に響いてきたのではないでしょうか。

1年目は2軍で9試合の登板だけでしたが、2年目には26試合に登板。3年目で2軍のローテーションに入ったのですが、勝ち星を挙げれずローテーションから外れ、戦力外となっています。

そう考えると少し早い戦力外だったのかもしれません。

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戦力外通告を受けた選手のほとんどが新しい球団との契約を求めて12球団トライアウトに参加します。しかし契約できるのはほんのわずか。ほとんどの選手が引退を余儀なくされてしまいますが、村田透投手はこのトライアウトで活躍し契約を手にします。

 

それは日本球界ではなくメージャーリーグの世界でした。

まだ25歳という若さもあり、インディアンスから将来性を見込まれての2A以上が保証されたマイナー契約でした。この契約は1軍登板、実績のない選手としては異例の高待遇でした。

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インディアンス傘下の2A・3Aを行き来しながら2015年にはメジャーデビューしました。残念ながら敗戦投手となってしまいましたが、この年は3Aで15勝を上げています。

2016年はメジャー挑戦6年目。巨人での3年間の倍を言葉の違う国で迎えました。憧れの先輩である上原浩治投手と同じ大阪体育大学-巨人-メジャーと渡り歩いた村上投手。これからの活躍に期待します。

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