球団史上初の10代でのセーブ記録を持つ豪腕投手條辺剛 背番号57は現在もうどん屋を継続中!

1999年のドラフト会議で巨人から5位指名を受けた條辺剛。150km近い剛速球を武器として巨人の高卒ルーキーでは34年ぶりの先発デビューをしています。

通算成績は111試合登板で9勝13敗6セーブ。防御率4.58。背番号は2000年96、2001年~2005年までは57。

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高校は徳島県立阿南工業高校。同郷の巨人軍の先輩には、池田高校で甲子園春・夏連覇を果たした水野雄仁がいます。

 

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阿南工業高校時代からスカウトから注目をされていたが、スカウトからは投手ではなく野手としての評価が高かったそうです。実際、巨人軍に入団のときも”2年間に1度も1軍のマウンドに立てなかったら野手転向”という条件があったとのことです。

 

しかし、そんな条件も関係なく、1年目から1軍で先発として起用されます。惜しくも敗戦投手となりましたが、この高卒ルーキーでの先発デビューは、V9時代のエース堀内恒夫以来の34年ぶりでした。

翌年、桑田真澄以来の10代での開幕1軍入りし、4月3日のヤクルト戦で初セーブを上げました。10代投手のセーブ記録は巨人球団史上初のことでした。その後2001年、2002年と中継ぎ中心として活躍しリーグ優勝、日本一に大きく貢献しました。

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2002年ごろから肩の痛みを覚えるが中継ぎの座を失いたくないために無理をした結果、2003年に悪化。その後も故障の影響で満足に投げられず2005年のシーズン終了後に戦力外を通告され、トライアウトを受けるが獲得する球団がなく24歳という若さで引退をしました。

 

引退後、同郷の先輩であった水野雄仁の協力もあり、うどん屋で修行を開始。約2年間の修行後の2008年に独立。小学校のときの将来の夢が”飲食店経営”と”プロ野球選手”であったため、2つの夢がかなったときでした。

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埼玉県ふじみ野市にある「讃岐うどん 條辺」。これが独立後のお店です。巨人軍時代の監督であった長嶋茂雄が左手で書いた色紙の文字を暖簾にしています。

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現在の條辺剛さんは、硬球の握りからうどんの仕込みに変え讃岐うどん屋さんを経営しております。1日300杯でるほどの人気で自慢の味でお客さんをうならせていました。

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