日本でのプレーのチャンスが回ってきた投手サンチェ

本来巨人はこの年、デイブ・スチュワートの獲得を目指していましたが、交渉過程で、トラブルがあり獲得を断念せざるを得なくなりました。
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そこで白羽の矢が立ったのが、サンチェ。サンチェは抑え投手として活躍しましたが、1年目は4勝1敗19Sと期待に応えます。セーブ数が少なく感じるかも知れませんが、当時の巨人は先発完投型の投手が多かった為、セーブ数が少ないです。

現在であればゆうに30セーブは記録していたのは間違いないのは言うまでもありません。速球が速く、パワー投手でした。しかしサンチェは2年で退団してしまいます。要因は様々な事が言われていますが、確固たる原因ははっきりとしていません。来日1年目のサンチェは、日本の野球に馴染んでいる感じがしました。また成績も良く、スットパーとしては文句の付けようのない働きでした。

安心して9回を任せられるストッパーです。コントロールを乱す事も殆どなく、フォアボールで自滅するタイプの投手ではありませんでした。やはり、抑え投手の最大のポイントはストレートが速くウィニングショットを持っている事。それにコントロールが安定している事は最低条件です。

サンチェはこの条件を全て兼ね備えていました。日本球界を去ったサンチェはその後母国ベネスエラに戻り、隠居生活をしていました。2005年に51歳の若さで脳疾患の為に亡くなっています。

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