昭和のスットパー投手角盈男。サイドスローで才能開花。

これは意外と知られていない事実ですが、角盈男は1年目5勝7Sで新人王に輝いています。まだこの頃はオーバーハンド。しかし、制球難で苦しみ、最終的にサイドスローで落ち着きます。変則左腕のサイドスローは非常に打ち辛く、最優秀救援投手のタイトルを獲得します。
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以降も安定した成績で、巨人の抑えを支えます。この角の独特のフォームを真似する少年ファンは多く角は左投手だったので右が利き腕の少年達は、鏡の前で良く真似したっそうです。鏡に映るのは左投手ですからね。当時は完投する投手が多かった時代です。江川・西本・加藤をはじめ先発完投型の投手が揃っていました。

1989年角は日本ハムに無償トレードされます。そしてラルフ・ブライアントにあの当たる筈もないスピーカー直撃弾の日本プロ野球史上初の認定ホームランを打たれます。推定射距離は170mと言われています。その頃、巨人の抑えは鹿取が台頭しており、時代は角から鹿取は引き継がれた丁度転換期だった事もあり、角に取っても鹿取にとっても良かったと思います。

角の投げる球は今の巨人で言うと青木が一番近いフォームだと思います。青木の球も相手球団からは異常に厄介がられていますね。角は一時代を築いた投手です。

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