クロマティの再来かと思わせた外国人プレイヤーロイド・モスビー

メジャーリーグの実績も豊富で柔らかいバットコントロールから日本向きと言われてモスビー1992年4月中旬に来日。4月21日に日本球界デビューを果たし、早速その試合でホームランを放っています。
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この年モスビーは途中からの加入ながらファンにインパクトを与えるには十分過ぎる程の結果を残します。打率306 25本 71打点と、文句ない好成績を残しファンもクロマティの再来か?と言われた程です。

球団の1年目は80万ドルで契約した年俸を2年目は140万ドルで契約を結んでいます。また2年目には大リーグでチームメイトだったバーフィルドが加入し更なる活躍が期待されましたが、故障をしてしまい。ジョーブ博士の診察を受けます。その影響もあって1年目の成績から急降下打率246 4本 13打点と打撃は低迷し、この年限りで日本球界を去ります。

ファンの夢を大きくさせてくれたモスビー。勝利に対してとても貪欲で、またファンサービスも良くとても人気の高かった選手です。第二のクロマティになりそうな逸材でしたが、故障には勝てませんね。本当にモスビーが故障した時は残念でした。2年目は何かタイトルを取ると思っていただけにショックも大きかったです。またバーフィルドとの不仲説も流れたりと2年目はモスビーに取ってもファンに取っても非常に悔し結果となりました。

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