背番号49・台湾のイチローの異名を持ったルイス!

1997年、巨人のサードのポジションを埋めるべく台湾プロ野球で活躍するルイス・デロスサントス選手を獲得しました。1996年に活躍したバルビーノ・ガルベス投手の活躍もあったため台湾球界で大活躍を見せていたルイス選手の獲得に白羽の矢が立ったのです。

台湾のイチローがベールを脱いだ!

ルイス

台湾のイチローと呼ばれた選手でしたが、まず話題になったのは守備難でした。台湾球界でもイチローとも称される打撃の一報で276試合で62失策と言うペースで失策をしていました。これだけでも守備に不安があるということは疑いようがありませんが、不安どころか正面の打球の捕球にも不安が残るほどの守備でした。後にも先にもゲッツーを完成させただけでここまで騒がれた選手はいないと思います。

肝心の打撃でも思ったような結果を残すことはできず、当時売り出し中であった後藤孝志選手にスタメンを譲る場面が日に日に増えていきました。
1997年の巨人はBクラスに低迷してしまう結果となりました。ルイス選手が結果を残せない一方で清水選手の躍動や、それ以外にも槙原投手がクローザーに転向するなど様々な事態が起こっていました。ルイス選手のプレーがケチの付き始めかはわかりませんが、やることなすこと上手くいかないシーズンの象徴だった選手とも言えます。

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